事業承継では目的によって選ぶべきスキームが変わる
そろそろ事業を後継者に引き継ぐことを考えようとは思っても、具体的にどのようなやり方があるのかわからない経営者も多いでしょう。それもそのはず、ほとんどの方にとって事業承継は初めての経験なのですから。
事業承継は後継者のタイプや、目的によってさまざまな方法があります。それらの方法、つまりスキームをわかりやすく図解したものがスキーム図です。今回はこの事業承継スキーム図を見ながら、それぞれのメリットやデメリットを解説していきます。
スキーム図を用いて事業承継の多様な手法が整理できれば、自社にとって最適な選択肢が見えてくるでしょう。
事業承継のスキームとは?
先ほども述べたとおり、スキームとは手法という意味です。つまり事業承継スキームとは、現経営者が事業を引き継ぐための手法のことを指します。
日本の中小企業の間では、従来は事業承継スキームという言葉が注目されることはありませんでした。何故ならば、ほとんどの企業は現経営者の子息など血縁関係にある人物に事業が受け継がれ、親族内に適任者がいない場合も従業員など身近なところから後継者が選ばれてきたからです。
しかし現代においては親族間での事業承継がスムーズに進まないケースが多く、M&A仲介会社やファンドなどを頼る企業が増えています。新しいスキームは、今後ますます注目されていくでしょう。
事業承継スキームが重要な理由
事業承継スキームにどの状況にも当てはまる正解はありません。重要なのは自社にとって最適な手法が何かを見極めること。そのためにはそれぞれのスキームのメリットとデメリットを正しく理解することが大切です。
スキームを選ぶためには、まず会社を引き継ぐ相手を誰にするか考えなくてはなりません。現経営者の親族なのか、会社の取締役や従業員なのか、あるいは自力では後継者を確保できそうにないのかなど、自社を取り巻く状況を整理しましょう。
後継者が決まれば、適したスキームが自ずと浮かび上がってきます。まず後継者候補を決めて、次に適したスキームを選択する。その最初の2つの選択が正しくなされなければ、事業承継計画全体が揺らいでしまうリスクが高くなります。
事業承継のスキーム図を見てみよう
具体的にそれぞれの事業承継スキームを見ていきましょう。まずは全体を分かりやすく整理したスキーム図を頭に入れておきます。
事業承継には主に6つの選択肢があります。この中で後継者候補がいる場合は親族内承継か親族外承継、未だ後継者候補がいない場合はM&A、ファンドなどといった選択肢があります。ここではそれぞれの特性とメリットやデメリットを解説していきます。
親族内承継
親族内承継とは現経営者の親族に事業を引き継ぐことです。長年国内の中小企業において一般的だったのが、経営者の長子が後継者となるスタイルでした。
親族内承継においては、事業承継で重要になる会社株式を引き継ぐ方法として、相続や贈与といった手段もとりやすいことがメリットです。後継者から株式を譲渡する対価を受け取ることも可能ですが、血縁関係にある場合は贈与か相続で事業承継が行われるのが一般的です。相続税や贈与税はかかりますが、節税対策もしやすく後継者の負担も軽くなります。
しかし近年、親族内承継は大きなリスクも孕んでいます。現経営者が自分の子供に引き継ぐ心づもりでも、当の本人が承継を拒否するケースが増えているからです。親族内承継を予定している場合でも、もしもに備えて他のスキームも理解しておくことが重要です。
親族外承継
親族内承継と対をなすのが、親族外承継です。現経営者の血縁関係に適切な後継者候補がいない場合、自社の取締役や従業員に事業を引き継ぎます。社内にも適任者が見つからない場合には、社外の信頼できる人物に引き継ぐケースもあります。
親族外承継であれば、血縁にとらわれずより多くの選択肢から経営者としての適性がある人物を選定できます。近年では最初から自分の家族ではなく、優秀な社員にオファーする経営者も増えています。
親族外承継では贈与や相続よりも、会社株式の対価が発生する譲渡というスタイルがとられることが多いでしょう。後継者は多額の資金を準備しなくてはならないので、会社を受け継ぐ能力や意思があっても事業承継が実現できないケースがあるのがデメリットです。
M&Aによる事業承継
近年増えているのが、M&Aによる事業承継です。親族内でも社内でも適切な後継者が見つからない場合、他社に会社を売却して事業を引き継いでもらう手法です。M&AマッチングサイトやM&A仲介会社を利用して、全国から広く買い手企業を探します。
M&Aによる事業承継のメリットは、選択肢が格段に広がることで比較的早く事業承継問題の解決が期待できることでしょう。タイミングにもよりますが、M&A仲介会社などに登録すれば最短3か月程で買い手企業と事業承継の合意を取り付けることができます。
M&Aによる事業承継のデメリットとしては、自社に十分な魅力がないと買い手企業が見つかりづらいことです。業績不振や帳簿上の赤字はもちろん、他社に比べて突出した技術やノウハウなどが無いのも問題になります。M&Aによる事業承継ではまず自社の魅力を高める努力が必要といえるでしょう。
持ち株会社や資産管理会社への事業承継
後継者候補がいたとしても、税負担の軽減などを目的として特殊なスキームを選択するケースもあります。それが後継者個人ではなく、持ち株会社や資産管理会社など法人への事業承継です。
会社の資産全般を管理することを目的として設立されるのが資産管理会社、中でも株式の管理を目的とする会社を持ち株会社と呼びます。事業承継はこれらの会社への株式譲渡によって成立させることも可能です。
現経営者と後継者との個人間の株式譲渡では、どうしても後継者に多額の税負担がかかります。ですが持ち株会社や資産管理会社といった法人への譲渡という形をとれば、個人の金銭的負担を軽減が可能です。
事業承継ファンドを使った事業承継
自力で後継者候補が見つからない、さらにはM&A市場での企業価値も低くて買い手企業も見つからない危機的状況でも、事業承継ファンドというスキームが選択できます。
事業承継ファンドは、事業承継を希望する会社の株式を買収して経営権を獲得し、その会社の経営を再建することで市場価値を高め、より高値で他社に売却して利益を得ます。公的機関としては中小企業基盤整備機構が知られています。
事業承継ファンドを頼れば、事業承継のタイムリミットを延ばせるだけでなく、ファンドのノウハウによって経営体質の改善や、後継者の選定や育成のサポートまで期待できるでしょう。
信託を活用するタイプの事業承継
後継者候補はいるけれど、現経営者がギリギリまで経営権を行使したいときに有効なのが、信託を活用した事業承継のスキームです。
現経営者が信託銀行などと信託契約を交わし、自身の死亡時や認知症などによる能力低下時にスムーズに後継者へと事業承継が行われるよう委託できます。
通常、現経営者が死亡してから相続によって事業承継が行われる場合は、遺産分割協議などを経るために経営に空白期間が生じます。また現経営者が認知症を発症し、自身の意思による事業承継の手続きが行えない場合も同様で、新経営者へと権利が以降するまでに時間がかかるでしょう。
第三者への信託契約があれば、これらの問題を解決し現経営者の本来の意思に基づいた円滑な承継が可能です。
スキーム図を活用して事業承継を成功させる方法
事業承継スキーム図の内容を理解できたところで、実際に事業承継を成功させるためのポイントを押さえておきましょう。解説するのは以下の3つです。
- 会社の状況を正確に把握する
- 関係者の理解を得る
- 事業承継の専門家に相談する
スキーム図のなかで自社がどれを選択すべきか決めるのには、現状の把握が欠かせません。また経営者として事業承継の手法を決定した後には、関係者にも図解してその正当性を説明するのが有効でしょう。どのスキームを選択するかによって、その後の相談相手も変わってきます。
まずは会社の状況を正確に把握する
事業承継のスキーム図を見れば、まず自社の状況を把握する必要性が見えてくるでしょう。
すでに述べたように、何よりも重要なのは後継者となり得る人物がいるのかということです。もし廃業のタイムリミットまでに自力で見つけることが難しいのであれば、M&Aやファンドといった手段をとらなくてはなりません。
またM&Aを選ぶのであれば、自社の総資産、営業利益、キャッシュフローも客観的に見直す必要があります。M&Aでは買い手企業にとって魅力が無ければ選ばれません。他社との競争で勝ち抜けるような技術やノウハウが必要です。負債や訴訟などリスクとなり得る問題は早めに解決しておきましょう。
関係者の理解を得る
承継後の経営をスムーズに進めるためには、事業承継についてあらかじめ周囲の理解を求めなくてはなりません。他の株主や従業員などが選択したスキームに納得していないと、新経営者の仕事に支障をきたす可能性があります。
特にこれまで親族内承継を行ってきた会社で新たなスキームを選択するときには、株式を保有している現経営者の親族に配慮すべきです。十分な説明がないと親族外から経営者を迎えることで何らかの反発が起きる可能性があります。
スキーム図を活用して、自社にどのような選択肢が可能なのか、何が最適なのかをわかりやすく説明するのも有効でしょう。これまで述べてきたような各スキームのメリットとデメリットを併せて説明すれば、関係者が十分に納得したうえで事業承継を進めることができます。
事業承継の専門家に相談する
事業承継では専門家のサポートが必須です。会社株式の譲渡に伴う税務面では税理士、会社の状況把握には会計士、法的手続きでは弁護士、M&Aの相手候補を選定するには仲介会社を頼ることができます。
スキーム図から必要な手続きを導き出し、その分野の専門家に事業承継の相談に行きましょう。多くの事業承継をサポートしてきた専門家であれば、適切なアドバイスが期待できます。
また事業承継全般については、地元の商工会議所や取引のある金融機関も相談に乗ってくれる場合があります。スキーム図から未だ明確な答えが出ていない場合も、一度それらの機関に相談してみましょう。
事業承継のスキーム図を見ながら適切な承継方法を検討しよう
スキーム図があれば、事業承継として可能な手段が一目でわかるようになります。
まずは後継者候補の有無やM&A市場での価値など、自社の置かれた状況を客観的に把握しましょう。そのうえでスキーム図と照らし合わせて、最適な事業承継の選択肢を決定します。
事業承継は会社の将来を左右する重要な問題ですから、最終的な決定はやはり現経営者が責任をもって行うべきでしょう。しかし必要な知識を補う意味でも、専門家のサポートを受けることは大切です。スキームの選択に関しても、迷ったら気軽に相談してみましょう。