「競争が激化するSaaS市場で、単独での成長に限界を感じている」
「プロダクトをさらにグロースさせたいが、資金や販売チャネルが足りない」
この記事では、SaaS業界のM&A動向や、マルチプルを用いた価格相場の考え方、具体的な成功事例、そしてM&Aを実施する手順まで、網羅的に解説します。
M&Aを企業の成長を加速させる強力な選択肢として捉え、次なる飛躍への一歩を踏み出す準備を整えましょう。
SaaS業界のM&Aとは
SaaS業界のM&Aとは、インターネット経由でソフトウェアを提供する企業が当事者となる合併・買収のことです。
急成長する市場を背景に、買い手は「事業拡大」や「技術・人材獲得」、売り手は「イグジット(創業者利益の確定)」や「事業承継」を目的として活発に行われています。
特に異業種の大企業による新規参入や、スタートアップの出口戦略として注目されています。
SaaS業界のM&Aと他業界の違い
SaaS業界と他業界のM&Aの最大の違いは、ビジネスモデルに起因する企業価値の評価方法と戦略的目的です。
SaaS業界では、サブスクリプションモデルを背景に将来の成長性が重視され、ARR(年間経常収益)を基準に複数倍で評価されるのが一般的です。
M&Aの目的は、技術や優秀な人材を獲得して事業成長を加速させることにあります。
一方、製造業などの従来型産業では売り切りモデルが中心で、現在の収益力や有形資産が評価の基準です。
EBITDAなどの利益指標や純資産額が重視され、M&Aの目的も規模拡大や事業承継に置かれる傾向があります。
SaaS業界のM&Aの価格相場
SaaS業界のM&Aにおける価格相場は、ARR(年間経常収益)の数倍というのが一般的です。
2024年のデータによれば平均でARRの6.6倍ですが、企業の成長性や収益性に応じて3倍から15倍までと大きな幅が生まれるのが実情です。
ARRが基準となるのは、サブスクリプションモデルがもたらす将来の継続的な収益を評価する目的があるためで、「時価純資産+営業利益の数年分」という従来の指標よりSaaSビジネスの価値を正確に反映できると考えられています。
企業価値評価を土台としつつも、最終的な売買価格は当事者間の交渉によって決まります。
SaaS業界のM&Aの成功事例
SaaS業界では、成長スピードを加速させる手段としてM&Aが積極的に行われています。
特にARRを重視した評価や人材・技術獲得のニーズが強いため、戦略的に成功を収めた事例が数多く存在します。
以下では、SaaS業界特有のM&Aがどのように成果を上げているのか、代表的な成功事例を見ていきましょう。
事例1. 株式会社PKSHA Technologyによる株式会社エクストーンの子会社化
AI技術開発の株式会社PKSHA Technologyが、UI/UXデザインに強みを持つ株式会社エクストーンを買収しました。
狙いは、PKSHAのAI製品群にエクストーンのデザイン力を融合させ、顧客体験の向上を通じて競争力を強化することにあります。
AIの社会実装が進む現代、技術の高度さだけでなく「使いやすさ」が顧客に選ばれる重要な要素となっているからです。
今回の統合によって両社の技術と知見が組み合わさり、より付加価値の高いソリューションの提供が期待できるでしょう。
実際に、不動産業界向けの「セールスAIエージェント」を共同開発するなど、シナジー創出はすでに動き出しています。
優れた技術にデザイン力を掛け合わせ、事業成長を加速させるM&Aの好例です。
事例2. 株式会社マネーフォワードによるスマートキャンプ株式会社の子会社化
会計SaaSの株式会社マネーフォワードが、SaaSマーケティングに強いスマートキャンプ株式会社を約20億円で子会社化した、スタートアップ同士の戦略的なM&A成功事例です。
マネーフォワードの狙いは、自社のバックオフィス支援に加え、スマートキャンプが持つマーケティング力を取り込み、事業領域を拡大することにありました。
対するスマートキャンプも、IPO(新規株式公開)以外の成長戦略を模索しており、会社の持続的成長を最優先するという両社の目的が一致しました。
M&A成功のポイントは、トップ同士の信頼関係とカルチャーフィットにあります。
M&A後、スマートキャンプはマネーフォワードグループのリソースを活用し、年平均47%という高成長を達成しました。
従業員の離脱もなく、双方にとって大きなシナジーを生んだ成功事例だといえます。
事例3. 帝人株式会社による株式会社3Sunnyの完全子会社化
大手化学メーカーの帝人株式会社が、医療介護SaaS「CAREBOOK」を提供する株式会社3Sunnyを完全子会社化したM&Aは、異業種連携による事業成長の成功事例です。
買収の目的は、帝人が持つ全国規模のヘルスケア事業基盤と、3Sunnyのデジタル技術を融合させ、地域包括ケアシステムの構築を加速させることにありました。
成功の鍵は、買収前に2年間の資本・業務提携期間を設けたことです。
段階的な協業を通じて両社は強固な信頼関係を築き、互いのビジョンの一致を確認したうえで完全子会社化に至りました。
M&Aにより、帝人の販売網を活用して「CAREBOOK」の提供範囲を介護施設などへ一気に拡大しました。
大企業のリソースとスタートアップの専門技術を組み合わせ、医療・介護分野のDXを推進する戦略的なM&Aの好例です。
SaaS業界のM&Aにおすすめの仲介会社・サービス
SaaS業界でのM&Aは、専門的な知識や業界理解が欠かせません。
特にARRを基準にした評価やシナジー分析など、従来のM&Aとは異なる視点が必要です。
そのため、SaaSに精通した仲介会社や専門サービスを活用することが、スムーズで成功率の高い取引につながります。
なかでもおすすめの仲介業者が以下のとおりです。
以下では、SaaS業界のM&Aを検討する際におすすめできる仲介会社やサービスを紹介します。
どの仲介会社に相談すべきかわからずお困りの場合は、複数のサービスをまとめて比較検討できる「M&A比較ナビ」の活用がおすすめです。
自分に合った支援先を見つけるためにも、まずは無料相談から始めてみてください。
パラダイムシフト

会社情報 | 詳細 |
---|---|
サービス名 | パラダイムシフト |
サポート内容 | ・M&Aアドバイザリー業務全般 ・買収戦略の立案・実行支援 ・デューデリジェンス(企業調査)のサポート ・CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の運営支援 ・新規事業開発のコンサルティング |
サポート体制 | ・IT業界での豊富な経験と専門知識を持つプロフェッショナルチームが、相談から成約まで一貫してサポート |
料金体系 | 成果報酬型 ・相談料・着手金無料 |
特徴 | ・IT/DX領域、特にSaaSに特化した高い専門性 ・IT領域におけるM&A成約支援件数No.1という圧倒的な実績 ・10,000社を超える顧客接点と独自の業界ネットワークを活かした高い情報力 ・豊富な情報に基づく、希望条件に合った迅速なマッチング |
運営会社 | 株式会社パラダイムシフト |
URL | https://paradigm-shift.co.jp/ |
株式会社パラダイムシフトは、ITおよびDX領域に特化したM&Aアドバイザリー会社です。2011年の設立以来、「DX×M&A」のパイオニアとして、特にSaaS企業のM&Aにおいて豊富な実績を積み重ねており、IT領域のM&A成約支援件数では国内No.1を誇ります。
後継者不足のような事業承継だけでなく、企業のさらなる成長戦略や事業再編を目的とした戦略的なM&Aを得意としており、変化の速いIT業界で成長を目指す企業にとって、心強いパートナーとなり得る存在です。
すごく丁寧で親切な会社です。
弊社もパラダイムシフトさんにお世話になり業績が3倍になりました!引用:Google Map
IT業界に強みを持ち、情報量は圧倒的、かつ提案力もあり信頼してます。
引用:Google Map
営業メールお断りとかいてあるのに問い合わせフォームから送ってくる非常識な会社です。
引用:Google Map
パラダイムシフトの詳しい情報は、以下の記事をあわせてご覧ください。
コルウスパートナーズ

会社情報 | 詳細 |
---|---|
サービス名 | コルウスパートナーズ |
サポート内容 | ・M&A仲介・アドバイザリー業務全般 ・PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)コンサルティング ・経営コンサルティング(企業価値向上支援など) |
サポート体制 | ・IT業界のビジネスモデルや価値評価を熟知した専門コンサルタントが、相談から成約、M&A後の統合まで一貫してサポート ・全国のM&Aブティックファームと提携 |
料金体系 | 完全成功報酬制 |
特徴 | ・IT/SaaS業界に特化した深い知見と高い専門性 ・業界の特性を理解した適正な企業価値評価 ・M&A後の統合作業(PMI)まで見据えた一貫したサポート体制 ・自社だけでなく提携ファームのネットワークも活用した豊富なマッチング候補 ・完全成功報酬制と業界最安値水準の料金 |
運営会社 | 株式会社コルウスパートナーズ |
URL | https://corvus-co.jp/ |
株式会社コルウスパートナーズは、SaaSやシステム開発、WEB制作、SESなどのIT業界に特化したM&Aアドバイザリーファームです。「企業資本の適正な循環を通じ、日本市場の健全な発展に貢献する」ことを理念に掲げ、専門性の高いサービスを提供しています。
単に売り手と買い手を仲介するだけでなく、M&A後のスムーズな事業統合を実現するためのPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)コンサルティングや、企業価値向上を目指す経営コンサルティングまで、一貫したサポートを行っているのが大きな特徴です。
インテグループ

会社情報 | 詳細 |
---|---|
サービス名 | インテグループ |
サポート内容 | • 中小企業のM&A仲介・アドバイザリー業務 • 事業承継、事業譲渡、会社売却、企業買収の支援 • 企業価値評価 |
サポート体制 | • M&A専門コンサルタントによる一貫した担当制 • 初期相談から最終契約、M&A実行までワンストップでサポート |
料金体系 | 完全成功報酬制 • 着手金・中間金・月額報酬::すべて無料 • 成功報酬::M&A成約時にのみ、取引金額に応じたレーマン方式で算出 • 最低報酬額:1,500万円(税別) |
特徴 | • SaaS・IT業界を含む中小企業のM&Aに特化 • 着手金・中間金が不要な完全成功報酬制 • 東証グロース上場企業としての信頼性 • 成功報酬の計算基準が「株式価値」のため、手数料が明瞭 • 小規模案件にも対応 |
運営会社 | インテグループ株式会社 |
URL | https://www.integroup.jp/ |
インテグループは、SaaS・IT分野を含む中小企業のM&Aに特化した東証グロース上場の仲介会社です。
最大の魅力は、M&Aが成立するまで一切費用のかからない「完全成功報酬制」を採用していることです。
したがって、売り手企業はリスクなくM&Aの検討を始められます。
専門知識を持つコンサルタントが初期の相談から最終契約まで一貫してサポートし、特に将来の収益が安定しているSaaSのようなストックビジネスの特性を深く理解したうえで、企業価値評価や交渉支援を行います。
成功報酬の計算基準も「株式価値」をベースにしているため、手数料が過大になりにくい透明性の高い料金体系も特徴です。
今回森山様にご担当していただきました。
難しい取引先でしたが常に私達に「お任せください」と安心感を与えていただきました。
無事に締結の運びとなり大変感謝しております。本当にありがとうございました。
引用:Google Map
この度、インテグループ阿部祐輝さんには大変お世話になりました。会計事務所さんからご提案頂き、数ある中からインテグループさんなら大丈夫でしょうとのお墨付きで始まりました。10か月余りでクロージング出来ましたこと感謝いたしております。親身になって相手様とも交渉していただいたお陰で、希望通りとなり安心して引き継げました。色々とありがとうございました。
引用:Google Map
こちらにM&Aの意志など一切ないのに「営業ではありません」という口ぶりで平気で営業電話をかけてくる。代表を出すよう指名してくるが、取り次ぐわけないだろう。
引用:Google Map
インテグループの詳しい情報は、以下の記事をあわせて参考にしてください。
SaaS業界のM&Aの動向(現状・課題・今後)
SaaS業界のM&Aは近年急速に増加しており、市場拡大とともに取引件数や規模も拡大しています。
一方で、評価基準の複雑さや統合後の人材定着といった課題も浮き彫りになっています。
今後の展望を把握するためには、現状の動きや直面する課題、そして将来の方向性を整理しておくことが欠かせません。
以下から、SaaS業界におけるM&Aの動向を詳しく見ていきましょう。
【現状】マルチプロダクト戦略を背景としたM&Aの最新動向
SaaS業界では、単一製品での成長が難しくなる状況下、マルチプロダクト戦略を背景としたM&Aが活発になっています。
補完的なサービスを持つ企業を買収し、製品ラインナップを拡充することで顧客単価の向上や収益源の多角化を目指す動きが顕著です。
成功事例として、クラウド人事労務ソフトのSmartHRによるID管理SaaS「メタップスクラウド」の事業譲受が挙げられます。
SmartHRはメタップスクラウドの事業を取り込むことで、既存サービスとの連携を強化し、顧客にシームレスな体験を提供して競争優位性の確立を狙っています。
【課題】人材不足とPMI(買収後統合)の難易度
SaaS業界の人材不足とPMI(買収後の統合プロセス)の難しさは、M&Aの成功を左右する重要な課題です。
成長著しいSaaS業界では専門人材が常に不足しており、多くの企業がM&Aを優秀なエンジニアなどを迅速に獲得する手段として活用しています。
しかし、人材確保に成功しても、その後のPMIが難航するケースが少なくありません。
買収後の待遇変化や企業文化の違いから、キーパーソンとなる従業員が離職してしまうリスクがあるためです。
上記の課題を克服するには、M&Aの交渉段階から従業員の待遇に配慮し、企業文化の相性を見極めることが重要です。
さらに、M&Aの目的やビジョンを丁寧に共有し、従業員の不安を解消するコミュニケーションがPMI成功の鍵となります。
【今後】AIとの融合と業界再編の加速
SaaS業界のM&Aは、AIとの融合と業界再編を軸に加速しています。
競争が激化する中、多くの企業は自社開発より迅速に技術や人材を確保できるため、M&Aを選択しています。
特に生成AIを持つスタートアップを買収し、既存サービスに統合して付加価値を高める動きが活発です。
また、市場の成熟により、単一プロダクトでの成長が困難になったため、大手企業による業界再編も進んでいます。
サービスラインナップの拡充や特定業界への特化を目指し、中小SaaSの買収が相次いでおり、業界全体の集約と変革が今後も続くでしょう。
SaaS業界のM&Aのスキーム
SaaS業界でのM&Aは、評価指標や目的が他業界と異なるだけでなく、取引の進め方やスキームにも特徴があります。
具体的なスキームは以下のとおりです。
以下では、SaaS業界で活用される代表的なM&Aスキームについて解説します。
株式譲渡
SaaS業界のM&Aで最も一般的な手法が「株式譲渡」です。
株式譲渡は、売り手企業の株主が保有する株式を買い手に売却し、経営権を移転させる方法です。
事業譲渡に比べて手続きが簡便で、従業員の雇用契約や事業に必要な許認可もそのまま引き継げるため、M&Aを迅速に完了できることがメリットに挙げられます。
売り手はまとまった売却益を得やすく、買い手はスムーズに事業を開始できるでしょう。
一方で、買い手は売り手企業の資産だけでなく、帳簿に載らない潜在的な負債(簿外債務)も引き継いでしまうリスクがあります。
非上場企業の場合、株式に譲渡制限があるため、実行には株主総会などでの承認が必要となります。
事業譲渡
SaaS業界のM&Aにおける事業譲渡とは、特定のプロダクトやサービスなど、事業の一部を選んで売買する手法です。
事業譲渡の最大のメリットは、買い手が必要な事業だけを取得でき、帳簿に載らない潜在的な負債(簿外債務)を引き継ぐリスクを回避できることです。
売り手は不採算事業を切り離し、主力事業に経営資源を集中させられます。
一方で、従業員の雇用契約や顧客との契約を個別に結び直す必要があり、手続きが煩雑になるのがデメリットです。
また、譲渡する資産には消費税が課されるなど、株式譲渡に比べて税負担が重くなる場合があるため注意が必要です。
株式交換
SaaS業界のM&Aにおける株式交換とは、買い手企業が自社の株式を対価として、売り手企業の全株式を取得し、完全子会社化する手法です。
株式交換のメリットは、買い手企業が多額の買収資金を準備せずにM&Aを実行できることです。
売り手企業の株主は、対価として買い手企業の株式を受け取るため、統合後の成長による利益を享受できる可能性があります。
一方で、買い手は新株発行により既存株主の持分が希薄化するリスクがあり、売り手株主は受け取った株式の価格変動リスクを負います。
株主総会の特別決議で実施できますが、手続きは会社法に基づき複雑なため事前に確認しておきましょう。
第三者割当増資
SaaS業界のM&Aにおける第三者割当増資は、特定の企業や投資家に対して新株を発行し、資金を調達する手法です。
主に、事業シナジーが見込める企業との関係強化や、開発・事業拡大のための資金確保に用いられます。
第三者割当増資は、会社に直接資金が入り、返済義務のない自己資本を強化できる点がメリットの一つです。
これにより、財務体質の改善や信用力向上が期待できます。
一方で、新株発行により既存株主の持分が低下する希薄化がデメリットです。
また、株式譲渡と違い、買い手は100%の経営権を獲得できず、既存株主が残る形となります。
合併
SaaS業界のM&Aにおける合併は、2つ以上の企業が法的に一つの会社になる、最も強力な統合手法です。
合併では、開発リソースやバックオフィス機能などを完全に一本化できるため、重複コストの大幅な削減や迅速な意思決定が可能です。
技術スタックや顧客データを完全に融合させ、強力なシナジーを創出したい場合に選択されます。
しかし、吸収される側の企業は法人格が消滅するため、長年培ってきたプロダクトブランドや独自の企業文化が失われるという大きなデメリットがあります。
また、異なる組織を一つにまとめるプロセスは極めて複雑で、従業員の反発や優秀な人材の流出を招くリスクも高く、慎重な計画が必要です。
提携
SaaS業界のM&Aにおける提携とは、主に「資本業務提携」を指し、買収や合併よりも緩やかな協力関係を築く手法です。
互いの独立性を保ちつつ、一方または双方が株式を持ち合い、技術や販売網などの経営資源を共有するものです。
スキームのメリットは、本格的なM&Aの前に低リスクでシナジー効果を検証できる点にあります。
特にSaaS業界では、大手企業が有望なスタートアップを早期に囲い込み、将来の完全子会社化への足がかりとすることが一般的です。
ただし、経営権が移動しないため連携が弱く、期待した効果が得られないまま関係が自然消滅するリスクもあります。
SaaS業界のM&Aを活用するメリット
SaaS業界におけるM&Aは、成長加速や市場拡大の効果的な手段として注目されています。ただし、得られるメリットは立場によって異なるため、事前に把握しておくことが重要です。
以下では、譲渡側と譲受側それぞれの視点から、SaaS業界のM&Aを活用するメリットを詳しく紹介します。
譲渡側のメリット
SaaS企業がM&Aで事業を譲渡するメリットは、創業者利益の獲得とスピーディーなイグジット(投資回収)の実現です。
IPO(株式公開)に比べて短期間で実行できるため、得た資金で新たな事業に挑戦することも可能です。また、大手企業の傘下に入ることで、潤沢な資本やリソースを活用したサービスの拡大が期待できます。
自社単独では難しかった大規模な開発やマーケティングが可能になるでしょう。さらに、後継者不在の課題を解決し、安定した経営基盤のもとで事業と従業員の雇用を継続できる点も、サブスクリプションモデルという安定収益が魅力のSaaS企業ならではのメリットです。
譲受側のメリット
企業がSaaS企業を譲受(買収)するメリットは、成長市場への迅速な参入にあります。
ゼロから開発するよりも低リスクかつ短期間で、すでに顧客基盤を持つ事業を手に入れることができます。特に、専門人材の不足が課題であるSaaS業界において、優秀なエンジニアや開発チームをまとめて獲得できる点は大きな魅力です。
買収後は、自社の既存事業と買収したSaaSを組み合わせ、クロスセルやアップセルを展開することで新たなシナジー効果を創出し、事業全体の競争力を飛躍的に高めることが期待できます。
SaaS業界のM&Aを実施するポイント・注意点
SaaS業界でM&Aを成功させるには、評価指標や統合プロセスの特徴を踏まえた慎重な準備が欠かせません。
ただし、注意すべき点は譲渡側と譲受側で大きく異なります。
以下では、譲渡側と譲受側に分けて、SaaS業界のM&Aを実施する際のポイント・注意点を紹介します。
譲渡側の注意点
M&Aで成功するには、企業価値を最大化し、買い手に魅力を的確に伝える必要があります。
独自の技術やサービスを磨き、財務内容を整理して企業価値を高めましょう。その上で、M&Aの目的や譲れない条件を明確にし、買い手の戦略を理解したうえで自社の強みを効果的にアピールする準備が必要です。
注意点としては、交渉中の情報漏洩防止が極めて重要です。従業員や取引先の動揺を防ぐためにも、情報管理を徹底しましょう。また、M&A後の環境変化による優秀な人材の流出リスクを抑えるため、従業員の待遇にも配慮した交渉が求められます。
譲受側の注意点
成功には、明確な戦略と周到な準備が必要です。
まず、技術獲得や市場シェア拡大などM&Aの目的を具体化し、戦略に合致する相手を慎重に選定します。次に、財務・法務面に加え、事業の将来性やセキュリティ体制など、SaaS特有のリスクを見極めるための徹底したデューデリジェンス(買収監査)が重要です。
最大の注意点は、買収後の統合(PMI)です。組織文化や開発プロセスの違いから混乱が生じ、人材流出や期待したシナジーが得られないリスクがあります。
上記のようなリスクを防ぐため、早期に具体的なPMI計画を策定することが成功のポイントとなります。
SaaS業界のM&Aを実施する手順
SaaS業界のM&Aを実施する手順は、以下の通りです。
まず、M&Aによって何を達成したいのかを明確にしましょう。
売り手であれば後継者問題の解決や創業者利益の獲得、買い手であれば新規市場への参入や技術・人材の獲得などが目的となります。
明確な目的が交渉の軸となり、その後の意思決定のブレを防ぎます。
SaaS業界の動向を踏まえ、自社にとって最適な戦略を立てることが最初のステップです。
M&Aは財務・法務など高度な専門知識を要するため、仲介会社やアドバイザーへの相談が不可欠です。
特にSaaS業界のビジネスモデルや評価方法に精通した専門家を選ぶことが成功につながります。情報漏洩を防ぐために秘密保持契約(NDA)を締結後、アドバイザリー契約を結び、本格的なサポートを受けながら手続きを進めます。
どの仲介会社に依頼すべきかわからない方には、「M&A比較ナビ」の活用がおすすめです。希望条件に合う専門家を比較・検討できるため、信頼できるパートナーと出会えるでしょう。
交渉候補が絞られた段階で、相手候補と秘密保持契約(NDA)を締結します。契約により、機密情報を安全に開示でき、非公開の交渉環境が保たれます。
策定した戦略に基づき、M&Aの相手候補となる企業を探し、数社に絞り込みます。その後、両社の経営トップ同士が面談し、経営理念やビジョン、企業文化の相性を確認しましょう。
交渉が進むと、買い手から売り手に対し、買収価格やスキームなどの希望条件をまとめた「意向表明書(LOI)」が提示され、交渉が本格化します。
トップ面談や交渉を経て、M&Aの基本的な条件について両社が合意したことを示す「基本合意書」を締結します。現時点での合意内容を確認し、認識のズレをなくすことが目的です。
後の調査で条件が変わる可能性があるため、多くの項目に法的拘束力はありませんが、「独占交渉権」や「秘密保持義務」は法的に有効とされるのが一般的です。
基本合意後、買い手が売り手企業を詳細に調査し、買収リスクを洗い出します。
財務・法務に加え、SaaS企業ではシステムの品質やセキュリティ体制を評価する「ITデューデリジェンス」や、KPIの正確性を検証する「ビジネスデューデリジェンス」が重要です。ここで発見された問題は、最終的な買収価格や条件に影響します。
デューデリジェンスの結果を踏まえ、譲渡価格、従業員の待遇、経営者の処遇といった最終的なM&Aの条件を交渉します。デューデリジェンスで発覚したリスクの大きさや、双方がM&Aで実現したい目的などを考慮し、お互いの譲れない条件と妥協点をすり合わせ、最終的な合意形成を目指します。
交渉で合意したすべての内容を、法的な拘束力を持つ最終契約書として締結します。M&Aのスキームに応じて株式譲渡契約書や事業譲渡契約書といった名称になります。
一度締結すると原則変更できないため、弁護士などの専門家を交えて条文の細部まで慎重に確認することが極めて重要です。
最終契約書で定められた内容を実行し、M&A取引を完了させる手続きです。具体的には、譲渡代金の決済と、株式や事業資産の引き渡し、役員の変更登記などが行われます。
クロージング手続きが完了した時点で、会社の経営権が正式に買い手側へと移転し、M&Aが法的に成立します。
PMI(Post Merger Integration)は、M&A成立後の経営統合プロセスを指し、M&Aの成否を分ける最重要フェーズです。期待したシナジー効果を創出するため、両社の経営方針、業務プロセス、人事制度、そして企業文化などを計画的に統合していきます。
PMIの成否が、M&A後の事業成長を大きく左右します。
クロージング後、従業員、取引先、金融機関といった関係者に対し、適切なタイミングでM&Aの成立を公表します。関係者の不安を招かないよう、開示のタイミングや内容は慎重に計画しましょう。
その後、策定したPMI計画に沿って新体制での事業運営を開始し、M&Aによって目指した事業戦略を実行に移していきます。
SaaS業界のM&Aに関するよくある質問
以下では、SaaS業界のM&Aを進めるうえで寄せられることの多い質問とポイントを整理しています。
- SaaS企業の評価額はどのKPIを重視する?
-
SaaS企業の評価額算定では、将来の成長性と安定収益を示すKPIが最重要視されます。
具体的には、事業規模を示す「ARR/MRR」とその成長率、顧客一人あたりの採算性である「LTV/CAC比」、そして事業の安定性を示す「チャーンレート」や「NRR」が評価の根幹です。企業価値は、各指標の総合的な分析を通じて決定されます。
- SaaS特化の仲介会社を利用するメリットは?
-
SaaS特化の仲介会社を利用する最大のメリットは、業界特有の専門知識に基づいた最適なサポートを受けられる点です。
M&A仲介会社はSaaSビジネスの収益モデルやKPIを深く理解しており、ARRやチャーンレートなどを基にした適切な企業価値評価と有利な交渉が可能です。また、業界内の広範なネットワークを活かし、シナジー効果を最大化できる最適な相手とのマッチングを実現します。
もし、複数のSaaS特化の仲介会社を比較検討したい場合は、「M&A比較ナビ」のようなサービスを活用し、自社に最適な相談先を見つけることから始めるのも良いでしょう。