
「後継者が見つからないまま、気づけば数年が過ぎてしまった」
「事業承継の準備に、どこまで手間と費用をかけるべきか判断できない」
そんな悩みを抱える経営者に向けて、かつて国が実施していたのが「事業承継・引継ぎ補助事業(事業承継トライアル)」です。
結論として、事業承継トライアルの公募はすでに終了しているため、現在は事業承継やM&Aに活用できる支援策として「事業承継・M&A補助金」が実施されています。
本記事では事業承継トライアルの全体像を振り返りつつ、2026年8月現在利用できる相談窓口や、今後の公募を確認したい支援制度まで整理します。
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事業承継には手間や費用がかかる
事業承継は、経営者にとって重要な経営課題の一つです。
事業承継とは、会社の経営を後継者へ引き継ぐ取り組みを指します。
しかし現代の中小企業における事業承継は、後継者不足という構造的な課題を抱えたままです。
帝国データバンクの調査によると、2025年時点の全国の後継者不在率は50.1%で、依然として2社に1社が後継者を決められていません。
不在率そのものは7年連続で改善しているものの、後継者が決まらないまま事業の継続が難しくなる「後継者難倒産」は高い水準で推移しています。
後継者が見つからず、やむを得ず廃業を選ぶ経営者も少なくありません。
中小企業庁の事業承継ガイドライン(第3版)によれば、承継の準備には5〜10年程度を要するとされています。
そのため、経営者が60歳を迎える頃には事業承継の準備に着手することが望ましいとされています。
それでも、手間と費用がかかることから準備を後回しにしてしまうケースは後を絶ちません。
こうした状況を受けて国が実施したのが「事業承継・引継ぎ補助事業(事業承継トライアル)」でした。
事業承継・引継ぎ補助事業(事業承継トライアル)とは?
「事業承継・引継ぎ補助事業(事業承継トライアル)」とは、円滑な事業承継の実現を目的として中小企業庁が実施した支援制度です。
後継者不在の中小企業が社外の第三者を後継者候補として迎える際に、準備や後継者教育にかかる費用の一部を補助するものでした。
事業承継に向けた準備の「型」を策定し、ノウハウを蓄積する狙いもありました。
制度のルーツは、2020年度(令和元年度補正予算)に実施された「事業承継トライアル実証事業」にあります。
その後、令和2年度第3次補正予算で「事業承継・引継ぎ補助事業(事業承継トライアル)」として再編され、2021年に第1次から第3次までの公募が行われました。
公募は2021年10月から11月にかけての第3次公募が最後で、2026年8月現在、事業承継トライアルへの新規申請はできません。
中小企業庁は2022年6月に成果報告会を開催し、事業はそこで一区切りとなっています。
現在、事業承継やM&Aの費用を補助する国の制度は「事業承継・M&A補助金」に引き継がれています。
制度の変遷を押さえておくと、過去の情報と現行制度を取り違えずに済むでしょう。
事業承継トライアルで実施する内容

事業承継トライアルは申請すればすぐに補助金が交付される制度ではなく、申請書類を提出して審査を受け、採択された企業が以下の取り組みを実施する流れです。
ここからは、それぞれの内容を順に見ていきましょう。
事業承継計画の立案
円滑に事業承継を進められるよう、準備の手順や課題、承継方法などを整理します。
取引先の金融機関など外部機関と連携しながら、計画の策定と改善を進めていく流れです。
事業承継計画を立てる際に最も重要なのは、自社の現状を正確に把握することです。
「会社の資産はどのくらいあるのか」「想定されるリスクは何か」を洗い出すことで、実効性のある計画になります。
なお中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、承継すべき経営資源を「人(経営)」「資産」「知的資産」の3要素に整理しています。
後継者候補の選定
事業承継計画を策定できたら、次に後継者候補を決めましょう。
事業承継トライアルの対象となる後継者候補は、親族以外の第三者に限られていました。
外部機関と連携しながら、自社に合う候補者を選定していきます。
必要に応じて後継者候補を受け入れ、後継者教育を実施します。
後継者教育の実施
後継者候補と労働契約を結んだあとは、後継者教育を進めるステップです。
大切な事業を続けていくためには、ノウハウや知識、経営に関する重要情報を丁寧に引き継がなければなりません。
あわせて、事業年度内に執行管理団体が提供する後継者教育プログラムを受講することも求められていました。
なお、後継者教育にかかる経費が補助対象へ加わったのは第3次公募からです。
PwCコンサルティング合同会社との情報共有
事業承継トライアルでは、取り組みの一連の内容を執行管理団体と共有する必要がありました。
第3次公募における執行管理団体は、PwCコンサルティング合同会社です。
事業承継計画の策定から後継者教育までの進捗は、月1回を目安に報告・共有することが想定されていました。
第2次公募ではPwCコンサルティング合同会社に加え、株式会社バトンズも別のスキームで実施していました。
ただし第3次公募は、PwCコンサルティング合同会社のみの体制となっています。
事業承継トライアルの対象企業

事業承継トライアルは、5年を目途に第三者への事業承継を計画している企業が対象でした。
そのほかにも、申請にあたってはさまざまな要件を満たす必要があります。
ここでは、当時公表されていた要件の一部を紹介します。
- 日本国内に住んでおり、日本国内で事業を営んでいること
- 中小企業基本法第2条第1項で定める、中小企業者の範囲と小規模事業者の定義を満たしていること
- 補助対象者、またはその法人の役員が暴力団等の反社会的勢力でないこと
- 経済産業省からの補助金交付等停止措置または指名停止措置が講じられている者ではないこと
- 執行管理団体からの連絡や指示、問い合わせに対して速やかに反応できること
- 社内のルールが整備され、スムーズな事業実施が可能なこと
- 法令順守上の問題を抱えていないこと
要件のひとつである中小企業基本法第2条第1項の定義は、以下のとおりです。
| 業種分類 | 定義 |
|---|---|
| 製造業その他 | 資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人 |
| 卸売業 | 資本金の額又は出資の総額が1億円以下の会社又は常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人 |
| 小売業 | 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は常時使用する従業員の数が50人以下の会社及び個人 |
| サービス業 | 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人 |
事業承継トライアルで受けられる補助内容

事業承継トライアルでは、以下に該当する費用が補助金の対象となっていました。
- 事業承継計画の策定支援を受ける際の経費補助
- 後継者マッチングに伴う手数料等にかかる経費補助
- 後継者候補への後継者教育にかかる経費補助
補助率は2/3以内、補助上限額は350万円に設定されていました。
原則として、補助事業の実施期間内に発注と支払いを完了したものに限られます。
対象となる具体的な経費の内容は、次章で詳しく解説します。
事業承継トライアル補助金の対象となる経費
補助の対象となる経費の具体的な項目は、以下を参考にしてください。
| 経費 | 内容 |
|---|---|
| 謝金 | 事業を行うため、専門家などに指導やアドバイスを受けた場合に支払う経費 |
| 旅費 | 事業の遂行に必要な出張費および交通費 |
| 外注費 | 必要な事業の一部を委託、外注した際に支払う経費 |
| 外部研修費・受験費 | 事業の遂行に必要な研修や、資格試験の受験に必要な経費 |
| 会議費 | 事業の遂行に必要な会議に係った経費(会場使用料や機材費、お茶代など) |
| 資料購入費 | 事業の遂行に必要な書籍や資料の購入費 |
一方で、交付決定前に発注・契約した経費は補助の対象外となる点には注意が必要です。
そのほか、対象とならない主な経費は以下のとおりです。
- 補助金交付決定前に発注、契約を実施したもの
- 事業終了後に納品や検収を実施したもの
- 収入印紙、振込手数料(代引き手数料含む)
- 公租公課
- その他、執行管理団体が適切でないと判断した経費
事業承継トライアルを申請する際のポイント

補助金を活用するうえでは、いくつか注意しておきたいポイントがあります。
事業承継トライアルの申請時に重要とされていた点を、3つにまとめました。
ここで挙げる3つの視点は、後継制度である事業承継・M&A補助金にもそのまま当てはまります。
それぞれ詳しく解説します。
募集要項をよく確認する
補助金を活用するなら、募集要項(公募要領)の確認は欠かせません。
対象企業や応募資格には、細かい条件が設定されているためです。
申請要件を満たしていない場合、補助対象外となります。
中小企業庁のサイトには、公募要領や申請書の書き方を解説した資料が掲載されています。
現行の事業承継・M&A補助金についても、事業承継・M&A補助金の公式サイトから公募回ごとの要領を確認できるため、チェックしておきましょう。
補助金が後払いされるのを意識する
事業承継トライアルで交付される補助金は「後払い」でした。
この点は現行の事業承継・M&A補助金でも変わりません。
たとえば200万円の経費に対して補助が出る場合でも、まずは200万円を自社で立て替える必要があります。
補助金を当てにするのではなく、事業に必要な経費と同額の資金をあらかじめ準備しておきましょう。
また、実績報告時に証拠書類等の確認が行われます。
領収書を紛失した場合などは、交付を受けられない可能性もあるため注意してください。
領収書や帳簿などの証拠書類は、しっかりと管理しておくことが大切です。
公募期間を意識して手続きを進める
補助金には、あらかじめ公募期間が定められています。
公募期間を過ぎてからの書類提出は、原則として公募期限後の申請は受け付けられません。
事業承継トライアルの最後の公募となった第3次公募も、2021年11月22日17時をもって締め切られました。
後継制度の事業承継・M&A補助金も同様で、15次公募の受付は2026年6月19日から7月24日17時までです。
申請は補助金申請システム「Jグランツ」からの電子申請のみで受け付けられます。
Jグランツの利用にはGビズIDプライムアカウントが必要で、取得には2〜3週間程度かかります。
アカウントの発行手続きは、GビズIDの公式サイトをご確認ください。
公募が始まってからあわてないよう、アカウントは早めに取得しておくとよいでしょう。
事業承継トライアル終了後に活用できる支援制度
事業承継トライアルはすでに終了していますが、第三者承継を後押しする公的な仕組みは今も整備されています。
2026年8月現在、事業承継やM&Aの準備段階で活用できる主な選択肢は以下の3つです。
費用の補助と無料の相談窓口を組み合わせることで、承継準備の負担は大きく減らせます。
順番に見ていきましょう。
事業承継・M&A補助金
事業承継・M&A補助金は、事業承継やM&Aに際して必要な設備投資や専門家費用を補助する制度です。
15次公募時点の申請枠と補助上限は、以下のとおりです。
| 申請枠 | 補助率 | 補助上限 | 主な対象 |
|---|---|---|---|
| 事業承継促進枠 | 1/2・2/3 | 800万〜1,000万円 | 5年以内に親族内承継・従業員承継を予定する企業 |
| 専門家活用枠(買い手支援類型) | 1/3・1/2・2/3 | 600万〜800万円(特例で2,000万円) | M&Aで経営資源を譲り受ける企業 |
| 専門家活用枠(売り手支援類型) | 1/2・2/3 | 600万〜800万円 | M&Aで経営資源を譲り渡す企業 |
| 専門家活用枠(小規模売り手支援類型) | 2/3 | 450万円 | 小規模事業者等の売り手 |
| PMI推進枠 | 1/2・2/3 | 150万円/800万〜1,000万円 | M&A後の経営統合に取り組む企業 |
| 廃業・再チャレンジ枠 | 1/2・2/3 | 300万円(併用申請は150万〜300万円) | 既存事業を廃業して再チャレンジする企業 |
15次公募からは、小規模事業者の売り手を対象とした「小規模売り手支援類型」が新設されました。
この類型は補助率が一律2/3で、補助下限額が撤廃されている点が特徴です。
少額の専門家費用からでも申請できるため、小規模なM&Aとの相性がよい制度といえます。
なお専門家活用枠でFA・仲介手数料を補助対象にするには、M&A支援機関登録制度に登録された事業者へ依頼する必要があります。
依頼先を決める前に、登録の有無を必ず確認しておきましょう。
事業承継・引継ぎ支援センターと後継者人材バンク
事業承継・引継ぎ支援センターは、国が全国47都道府県(48か所)に設置している公的な相談窓口です。
後継者不在の相談から第三者承継(M&A)のマッチング、民間のM&A支援機関への橋渡しまで無料で対応しています。
中小機構の発表によると、令和7年度の新規相談者数は2万4,030者と、開設以来はじめて2万4,000者を超えました。
第三者承継の成約件数も2,265件と過去最多を更新しており、公的窓口の活用は着実に広がっています。
また、各地の事業承継・引継ぎ支援センターでは、創業希望者等と後継者不在企業をつなぐ「後継者人材バンク」の取り組みも行われています。
現在も、後継者人材バンクなどを通じて、社外の第三者への事業承継を支援する取り組みが行われています。
M&A仲介会社・マッチングサービスの活用
民間のM&A仲介会社やマッチングプラットフォームも、第三者承継の有力な選択肢です。
仲介型は担当者が相手先探しから成約まで伴走してくれるため、初めてのM&Aでも進めやすい点が強みです。
一方のプラットフォーム型は、自社で相手先を探す手間はかかるものの、費用を抑えやすい傾向があります。
料金体系やサポート範囲はサービスごとに大きく異なるため、複数社を比較したうえで選ぶことが重要です。
どのサービスが自社に合うか判断が難しい場合は、比較メディアを活用すると整理しやすくなります。
M&A比較ナビでは、主要なM&A仲介会社・マッチングサービスの特徴や手数料を中立的な立場で比較しています。
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まとめ|事業承継トライアルの後継制度を活用して余裕を持って準備を進めよう

事業承継トライアルの実施内容や認められる経費、申請時のポイントを解説しました。
事業承継トライアルは、第三者への事業承継を検討する後継者不在の中小企業を対象とした制度です。
ただし公募は2021年の第3次公募をもって終了しており、現在は新規の申請ができません。
代わりに活用できるのが、事業承継・M&A補助金や事業承継・引継ぎ支援センターといった支援策です。
事業承継の準備には5〜10年かかるといわれるため、公募の時期を待つのではなく今から動き出すことが大切です。
とはいえ、どの制度を使い、どの相談先へ依頼すべきかを一人で判断するのは難しい方もいるでしょう。
自社に合う相談先を効率よく探したい方は、M&A比較ナビの比較情報を参考にしてみてください。
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事業承継トライアルに関するよくある質問
- 事業承継トライアルの「トライアル」とはどういう意味ですか?
-
「トライアル(trial)」は、試行・試験的な取り組みを意味します。
事業承継トライアルは、後継者不在の中小企業が社外の第三者を後継者候補として迎える際の手順・課題・対応策を明らかにすることを目的とした、実証的な性格の強い事業でした。
つまり「後継者候補を試しに迎え入れる制度」という意味ではなく、国が第三者承継の支援ノウハウを蓄積するための試行事業だった、というのが正しい理解です。
実際、2020年度の「事業承継トライアル実証事業」から2021年の第1次〜第3次公募まで段階的に内容が拡充され、第3次公募では新たに後継者教育の経費が補助対象へ加えられました。
今から第三者承継を検討するなら、終了した制度ではなく現行の支援策と相談先を押さえておくことが近道です。
相談先の選び方に迷ったときは、M&A比較ナビで各サービスの手数料やサポート範囲を比較してみてください。
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- 事業承継の3要素とは何ですか?
-
中小企業庁の事業承継ガイドライン(第3版)で承継すべき経営資源としているのは「人(経営)」「資産」「知的資産」の3つです。
1つ目の「人(経営)」の承継は後継者への経営権の引き継ぎを指し、会社であれば代表取締役の交代、個人事業主であれば現経営者の廃業と後継者の開業がこれにあたります。
2つ目の「資産」の承継には、株式や事業用資産、資金などが含まれ、事業承継に伴って経営者保証の扱いを整理することも重要です。
3つ目の「知的資産」は、貸借対照表に表れない無形の経営資源のことです。
具体的には、技術やノウハウ、ブランド、顧客とのネットワーク、組織力、経営理念などが該当します。
株式の承継ばかりに意識が向くと、企業の競争力の源泉である知的資産の引き継ぎが抜け落ちやすい点には注意が必要です。
自社の強みを言語化し、後継者が迷わず動ける状態にしておくことが、承継後の円滑な事業運営に重要です。
- 事業承継と事業継承は何が違いますか?
-
実務上、両者が指す内容に大きな違いはありません。
公的な制度・文書では「事業承継」が一般的に用いられています。
「承継」は地位や権利義務、理念といった抽象的なものを含めて受け継ぐ意味合いが強い言葉です。
一方の「継承」は、身分や財産、仕事といった具体的なものを受け継ぐ場面で使われる傾向があります。
補助金や支援制度を調べるときは「事業承継」で検索したほうが、公的機関の正確な情報にたどり着きやすくなります。